新作戯曲「人魚の器官」が舞台に 劇作家・河合穂高さん
大学で口腔(こうくう)がんの研究をしながら、劇作家としても活動する河合穂高さん。最先端医療の知見を取り入れたSF的な作品が今、注目を集めています。その河合さんの新作「人魚の器官」が8月20、21の両日、岡山市北区の蔭凉(いんりょう)寺で上演されます。岡山を中心に演劇作品などを手掛けている「OTO」(米谷よう子代表)が、若手演劇人を集めて創作するプログラムの一環として企画しました。医療が発達し、「老い」を治療できる未来を描いた作品を通して、伝えたい思いを河合さんに聞きました。
- 目次
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- ・ 「老いを治療する」未来
- ・ 最先端医療のあやうさも
- ・ 「人間の境界線」はどこなのか
- ・ プロフィル
- ・ 作品情報
「老いを治療する」未来
「人魚の器官」の稽古風景
ー謎めいた物語に興味津々です。
「抗老化治療」が進み、年を取るスピードが人それぞれ全く違う―といった現象が生じてしまいかねない未来のお話です。細胞の代謝を劇的に改善し、接種すると老化しなくなる架空の人工細胞小器官「モトドリガネア」が開発され、治験に参加する夫婦が登場します。一方で、この時代の地球には人間が住むことのできない「新世界気候」と呼ばれるエリアが出現しています。そこは、生態系や構成する物質が従来とは全く異なる環境なんです。そういった世界でモトドリガネアを接種した人たちがどうなっていくのか、といった物語が展開していきます。
最先端医療のあやうさも
河合さんの戯曲を舞台化した「春の遺伝子」(提供・岡山県天神山文化プラザ)
―着想はどこから。
現実でも老化を「病」と捉え、薬剤の投与や遺伝子操作などによって治療する研究が進んでいます。動物実験では成果も出ていて、老化は逃れられない自然なこと、という前提がなくなる時代が来るかもしれません。そういった話が気になり、作品のテーマにしました。薬の効き方や体質などで老化スピードに違いが出てしまうと、夫婦でも親子みたいに見えてしまうかもしれません。また、経済的に豊かかどうかで若さや健康寿命に大きな差が生じる社会にもなりかねません。そんな悲劇もあり得ると考えながら、作品を書いていました。
舞台「春の遺伝子」(提供・岡山県天神山文化プラザ)
医療の研究は非常に速いスピードで進化し、私たちはその恩恵を享受しています。しかし、人間の根本を書き換えてしまうような医療技術もすでにあり、私たちが知らないうちに受け入れ難い事態に陥っていく危険性もはらんでいることを認識しておく必要があると感じています。そういったことも、お客さまに考えていただけたらうれしいです。
「人間の境界線」はどこなのか
「人魚の器官」の稽古風景
―研究と創作、両立は難しいですか。
僕にはどちらかだけ、というのは考えられないんです。口腔病理医として口の中にできた病変を診断する業務や、がん組織の性格に影響を及ぼす「がん微小環境」の研究などが、日々の仕事です。擬人化というほどでないにしろ、顕微鏡で観察する細胞同士の関係性を考えてしまうのは、戯曲を書いているからかもしれません。研究などで得た知識を作品に反映させることができるのは僕の強みですが、研究する上で仮説を証明するための組み立てもストーリーを作る作業に似ているので、劇作は役に立っています。
戯曲の執筆は、帰宅後の夜や1時間ほどかかる通勤電車の中で取り組んでいます。京都を拠点に活動している劇作家・演出家の田辺剛さん(下鴨車窓主宰)によるオンラインの戯曲講座も受講していて、的確なアドバイスを受けながら作品をブラッシュアップしています。
舞台「春の遺伝子」(提供・岡山県天神山文化プラザ)
―これから書いてみたい作品は。
「人魚の器官」は上演時間が1時間ほど。この続きも書けると思っているので、さらに物語を膨らませて長編に仕立てたいです。また、医療技術が進歩する果てに、「当たり前」が侵されていく世界になっていくと考えています。「人間の境界線」はどこなのか、私たちはどこまで許容できるのかを作品の中で、問い続けてみたいですね。
プロフィル
かわい・ほたか 1987年生まれ。神戸市出身。岡山大医歯薬学総合研究科 病態機構学講座 口腔病理学分野助教、歯学博士。岡山大演劇部に入部した2006年から演劇活動を始め、12年以降は戯曲の執筆に専念し、岡山や香川、大阪の劇団に作品を提供。18年、「海繭(うみまゆ)の仔(こ)」で第6回せんだい短編戯曲賞最終候補。20年には、動物の体内でヒト細胞由来の臓器を作成する研究に着想を得て執筆した「春の遺伝子」が日本劇作家協会の第26回新人戯曲賞最終候補。同作品は岡山市内で21年12月、劇作家・演出家の角ひろみさん演出により上演された。
作品情報
演劇「人魚の器官」
会場:蔭凉寺(岡山市北区)
日時と開演時間:8月20日午後1時(ゲネプロ公演)、同4時、同7時 21日午後1時、同4時
チケット:前売り一般2000円、学生1500円(当日券はそれぞれ300円増し)、ゲネプロ公演は一律1500円
脚本:河合穂高
演出:伊藤圭祐
出演:三村真澄、大森孝介、長谷川千花、米谷よう子
問い合わせと予約: okayamatheatreouvert@yahoo.co.jp ☏050-5885-2562(OTO)