俳優と2人だけの旅公演に挑戦 劇作家・演出家の佐藤信さん
小劇場運動の担い手として、1960年代から活躍する劇作家・演出家の佐藤信さんが、雲南市在住の俳優・西藤将人さんと2人だけで全国を公演して回る試みに挑んでいます。上演する作品は、フランスの劇作家・ベルナール=マリ・コルテスの「森の直前の夜」。西藤さん演じるマイノリティー「男」が約90分間、自分の境遇を延々としゃべり続ける難解な一人芝居です。5~9月に横浜や京都、金沢、広島、島根などの10都市の小劇場で上演し、来年も続けていきたいといいます。80歳と40歳の「超ミニマム」な座組に、どんな狙いがあるのでしょうか。佐藤さんに聞きました。
- 目次
-
- ・ 演劇は「俳優を見るもの」
- ・ 採算考え小さい座組に
- ・ 11月に新作を上演
- ・ プロフィル
演劇は「俳優を見るもの」
「森の直前の夜」のワンシーン
―俳優にとって非常に過酷な作品です。なぜ今、上演するのですか。
翻訳家で演劇人の親友・佐伯隆幸(故人)が訳した本を、どうしてもきちんとやりたいという思いがありました。かつて斎藤晴彦と笛田宇一郎という2人の俳優が挑みましたが、「できた」という感触をつかめていません。佐伯が紡いだ独特の文体には抵抗があると思いますが、力量のある西藤さんなら膨大なせりふを1字1句変えないで立ち上げられるのではと思いました。西藤さんは上演を重ねるたびに新しい何かをつかんでいて、彼と「じゃあ、次はこうやろう」と話し合うのがとても楽しい。演劇は「俳優」を見るものだと実感しますね。
一人の俳優が舞台上の鏡の前に立ち、動かず90分も話し続ける―という見せ物はとても残酷で、お客さんにも相当の集中力が求められます。とはいえ、全て理解できなくていいんです。お客さんが自分自身を鏡で見ているように感じられればいいと思っています。
一人芝居「森の直前の夜」で演じる西藤さん
交流サイト(SNS)の影響もあるのか、現代は言葉が非常に単純化されて分かりやすくなっています。しかし、実際に自分のことを話そうとすると、混沌(こんとん)とした内容になってしまうでしょう。その言葉のありようが、とても演劇的です。主人公の男は、自らの悲惨な境遇を言葉にして吐き出すことで、すれすれのところで救われています。それが伝わらない時に暴力へと変わってしまう恐怖感を、僕は常に抱えています。
採算考え小さい座組に
旅公演中の佐藤さん㊧と西藤さん
―演出家と俳優、という2人だけの座組にした狙いは。
若い演劇人の置かれている状況は、経済的に恵まれているとはいえません。演劇では稼げない、持ち出しが当たり前だと思っている人も多いでしょう。夢を諦めてしまう若者もたくさんいます。しかし、経済的に成り立たせるやり方があるのではないかと考えた時に、できる限りコンパクトな形でツアー公演をしてみてはどうかと。スタッフがいる民間の小劇場に照明をお願いして、僕が音響を担当しています。スタッフがいない場合は、僕が両方こなしています。
―各地の民間小劇場を回るのが、とても楽しかったそうですね。
金沢市のスタジオ犀(さい)や松山市のシアターねこ、広島市では山小屋シアター(西区)など個性的ですてきな劇場の関係者と出会えたことが、大きな収穫でした。100席以下の民間劇場で採算が取れている小屋は一つもありません。情熱のあるオーナーが経済的な負担を抱えながら、その地域の文化的拠点であり続けようとしています。税制上の優遇措置などがあればいいのですが。僕も理事を務めている全国小劇場ネットワーク(事務局・京都)が2017年に設立され、地域を超えてつながろうとしています。演劇人も良質な作品を持っていくことで小劇場の努力に応え、地域の若い人たちに「いろんな芝居があるんだよ」と伝えていけたらいいですね。
11月に新作を上演
西藤さん㊧と稽古をする佐藤さん
―16年務めた東京都杉並区立の劇場「座・高円寺」の芸術監督を6月で退任し、後任を全国でも珍しい公募で選んだことが話題になりました。
日本の芸術監督はある意味、「ブラックボックス」なんです。どんな仕事なのか、どうやって選ばれているのか知られていません。その点を公明正大にしようと、後任の公募を杉並区に提案しました。選出のプロセスを同区のホームページで公開しています。公共劇場の芸術監督は作品づくりはもちろん、地域のためにどう劇場を役立てるのか知恵を絞るのが仕事。後任のシライケイタさん(劇作家・演出家)には、自分の色を出して思い切った取り組みをしてほしいです。
―座付き作家として活動する劇団「黒テント」の4年ぶりの公演も控えています。
東京・下北沢のザ・スズナリで11月1日から5日間、新作で書き下ろしのSFファンタジー「皇国のダンサー」を上演します。U25チケットの売れ行きがいいと聞いているので、とてもうれしい。楽しみですね。
プロフィル
俳優の西藤さん(奥)と佐藤さん
さとう・まこと 1943年生まれ、東京都出身。66年、演出家・俳優の串田和美らとアンダーグラウンドシアター自由劇場を創立。68年、演劇センター68(現・劇団黒テント)の設立に加わり、全国約120都市での移動公演を展開。69年に第4回紀伊国屋演劇賞(個人賞)、71年「鼠小僧次郎吉」で第16回岸田国士戯曲賞を受賞。日本の劇場文化にも深く関わり、世田谷パブリックシアター劇場監督(97~2002年)、座・高円寺初代芸術監督(07~23年)を歴任。横浜市に17年、劇場とスタジオ、ドミトリーを併設した民間アートセンター・若葉町ウォーフを開設。