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映画「月」を監督 石井裕也さん

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映画「月」を見た夜は、眠れませんでした。自分の内に潜む差別感情や「優生思想」的な考えが掘り起こされ、引きずり出されたようで恐ろしくなりました。この映画は、相模原市の障害者施設で元職員が入所者19人を殺害した事件をモチーフにした、作家の辺見庸さんの小説を原作としています。命に優劣をつけ、その存在価値を「線引き」したともいえる事件について、脚本も手がけた石井裕也監督は「現代社会のあらゆる問題とつながっている」と語ります。作品について、石井監督に聞きました。

覚悟決めた「問題作」

 

―監督を引き受けた経緯は。

僕は18歳の時から辺見さんのファンで、著作を全て読んでいたこともあって、小説「月」の文庫版に解説を書きました。それを読んだプロデューサーの河村光庸さん(2022年6月に死去)がオファーをしてきました。事件の背景には重大な問題があると理解していたので、反論や批判があるとしても「何もしないより、ましだ」と。やるしかないと覚悟を決めました。

 

 

―重度障害者「きーちゃん」の想念をつづる原作小説を、どう映画にしようとしましたか。

被害者でもあるきーちゃんの中に辺見さんが入り込んで、血しぶきの内側から事件を見ようとした姿勢に、大きな意義があると考えました。しかし、きーちゃんの想念を映画で描くのは難しかったので、きーちゃんと同じ生年月日で、彼女に親近感を抱く施設職員の洋子(宮沢りえ)という女性を登場させ、洋子の視点で物語を展開させました。観客にきーちゃんと洋子が同一人物だと思わせるような仕掛けもあります。「おまえが長く深淵(しんえん)をのぞくならば、深淵もまた等しくおまえを見返すのだ」というニーチェの言葉がありますが、二人は合わせ鏡のような関係性です。

「排除の刃」誰にでも

 

―ドキリとしたのは、生まれつきの病だった息子の死に心を痛めている洋子が、再び妊娠して出産を迷うシーンです。

僕も妻の妊娠が分かった時にちらついたのが、「子どもが五体満足でなかったら」という思いでした。誰もがふと抱くこの不安は「優生思想」には至らなくとも、限りなくそれに近い名前のない気分です。事件を多くの人と共有するために、一番身近な例を引っ張り出さなくてはと考えました。

 

また、洋子だけでなく夫の昌平(オダギリジョー)、洋子の同僚で事件を起こすさとくん(磯村勇斗)、同じく同僚の陽子(二階堂ふみ)と主要人物はいずれも小説やアニメ、絵画の表現者であることにも意味があります。コロナ禍では、芸術文化が不要不急とされました。「生産性」を基準にジャッジされたら、僕ら表現者もいつ社会からはじかれるか分からない。事件の加害者である植松聖死刑囚、あるいは劇中のさとくんがある特定の人たちの存在を不必要と決めつけ、排除した刃の矛先は、誰もが向けられる可能性をはらんでいます。

「危ないから」は表現の敗北

 

―危険な考えにからみ取られ、大量殺人へと走り出すさとくんの人物像は。

磯村君と最初に会った時、びっくりするぐらい普通の好青年だと感じて、そんな彼が演じるなら、この社会の「普通」を彼に背負ってもらおうと思いました。実際の犯人のパーソナリティーを描くつもりはありませんでした。社会の浅はかさや軽薄さをさとくんという無味無臭の透明な「容器」に注ぎ込んだらあの犯行に及んだ、というイメージで磯村君には演じてもらいました。

 

―施設入所者への虐待など目を背けたくなるシーンもあります。どこまで表現するのか、迷いはありませんでしたか。

葛藤の連続でした。全ての施設で起こっていることとして誤解を生むのでは、などの恐れも感じて、協力してくださった福祉関係の方たちの顔を思い浮かべながら迷い続けました。それでも、可能な限り事実を表現することに努めました。劇中で描いているシーンは、内部告発の映像も含めて取材の中で見た光景そのものです。他人の目が届かない閉鎖空間では、人は際限なく悪質な行為ができると僕は感じています。ただ、問題を起こした人間だけを責めるのは、フェアではありません。世の中の不都合や理不尽を見て見ぬふりをし、向き合わない社会の空気こそ問題の本質で、そのしわ寄せが弱者へと向かっているのだと思います。

作り手にも同じことが言えます。反論や批判が予想される作品を、多くの人に受け入れられないと勝手に判断したり、描き方を妥協したりするのは表現の敗北です。「危ないからやめておこう」という思考こそを、この映画で反撃したかったですね。

プロフィル

 

いしい・ゆうや 1983年生まれ、埼玉県出身。大阪芸大での卒業製作「剥き出しにっぽん」(2005年)で注目され、「川の底からこんにちは」(10年)では史上最年少でブルーリボン賞監督賞。「舟を編む」(13年)で日本アカデミー賞最優秀作品賞など。最近の作品は「映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ」(17年)、「茜色に焼かれる」(21年)、「愛にイナズマ」(23年)など。「月」は報知映画賞の作品賞、助演男優賞、助演女優賞を受賞。

作品情報

 

映画「月」

脚本・監督:石井裕也

出演:宮沢りえ、磯村勇斗、二階堂ふみ、オダギリジョーほか。障害を持つ方たちも俳優として、多数出演している

広島での上映館:八丁座(12月22日~)、シネマ尾道(12月30日~)

この記事を書いた人

仁科久美(メディア中国編集部 ライター・編集者)

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