応援は生きる活力/小山田浩子の本棚掘り
広島市在住の芥川賞作家・小山田浩子さんが、テーマに沿ったお薦めの一冊を月替わりで紹介します。
【今月のテーマ】スポーツファンに届けたい一冊
『ディス・イズ・ザ・デイ』
津村 記久子著
朝日新聞出版
応援は生きる活力
月に1回、自宅本棚(とその周辺に積み上がる本の山)から掘り出したお薦め本を紹介することとなった。
初回はサンフレやカープのファンそのほか全スポーツファン、なんらかの推しがいる人に読んでほしい一冊。タイトルの「ザ・デイ」とはサッカー2部リーグ最終節のことで、その日の試合で1部リーグ3部リーグへの昇格降格プレーオフ出場が決まる。本書では、22の架空のクラブチームの「ザ・デイ」を過ごすサポーターたちが描かれる。地元を応援する人、遠い土地のチームを応援する人、特定の選手のファン、マスコットキャラ好き、寝ても覚めてもな人、なりゆきで来た人、多彩な人に焦点が当てられる。大金をつぎこんだ補強に失敗したり試合の後半息切れしたり、人気選手が移籍してしまったりと架空とは思えない生々しい各チームの浮沈にシーズン中一喜一憂してきたファンたち、それぞれがそれぞれのやり方で最終節という1日を迎える様子はユーモアにあふれ同時にはっと胸をつく。
広島が舞台の話もある。定年退職し、25年ぶりに故郷・広島に戻ってきた男性が、アドミラル呉FC(エンブレムはいかり、海が見えるスタジアムには海自カレーやフライケーキの屋台)対カングレーホ大林(東京のチーム、エンブレムはタカアシガニ)の最終節試合を1人で観に行く。妻は離婚後に亡くなっており、娘とももう随分会っていない。長く関東勤務だった彼は大林ファンなのだが、スタジアムへ向かう電車の中で呉サポーターの老人と出会い、一緒に観戦することになる。「こういう話をしてるとさ、どんな気持ちでも生きていけるんじゃないかって思うよね」。人生は楽しいことうれしいことばかりではないけれど、好きなもの、応援したいものがあれば息ができる、先へ進める。ただ好きなものを好きなように好きでいること、それ自体が既に奇跡で、誇るべきことなのだ。
『ディス・イズ・ザ・デイ』
津村 記久子著
広島市在住の芥川賞作家・小山田浩子さん