朗読劇「ヒロシマの孫たち」を演出 俳優 喜多村千尋さん
被爆者の証言を聞き取り、記録していく「オーラル・ヒストリー」の手法を用いて制作され、広島の市民が継続的に上演している演劇「ヒロシマの孫たち」。8月5、6日にJMSアステールプラザ1階市民ギャラリー(広島市中区)である今夏の公演は朗読劇となり、東京で舞台を中心に活躍している福山市出身の俳優・喜多村千尋さんが演出します。演者としてもこのプロジェクトに関わり続けてきた喜多村さんに、作品の魅力や演出の狙いを聞きました。
- 目次
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- ・ 英国と広島の人たちで制作
- ・ 証言を「ありのまま」に
- ・ 一緒に考え、感じる時間が大切
- ・ プロフィル
- ・ 作品情報
英国と広島の人たちで制作
初演の「ヒロシマの孫たち」(2015年)
―「ヒロシマの孫たち」とは、どういう作品でしょうか。
広島在住の経験がある英国人で、演劇プロデューサーのマリーゴールド・ヒューズさんが2014年、オーラル・ヒストリーと演劇を融合した作品制作を企画し、広島の子どもたちと一緒に被爆者15人にインタビューしました。その証言を基に劇作家・演出家の瀬戸山美咲さん(ミナモザ主宰)が脚本、英国の劇団「ロンドン・バブル・シアター・カンパニー」のジョナサン・ぺサブリッジ芸術監督と現代人形劇グラシオブルオ(東京)の秋葉よりえ芸術監督が共同演出することになり、証言を集めた子どもらとワークショップでイメージを膨らませながら作品を作り上げました。
15年8月の初演には、小学生から80代までの市民20人がフィジカルな表現を駆使して、焦土の中を生き抜き、復興に力を尽くす人々を演じました。劇中では、戦中の暮らしや兵役のこと、戦争や原爆でかなえられなかった夢などについて語る被爆者のインタビュー音声も使われました。
私は初演に出演していた知人に誘われ、16年の公演から参加しました。もともと戦争や原爆に関心があって、作品のDVDを見た時に「やりたい」と思いました。その当時、東京で広島出身だと話した時に、「いつまでも戦争体験を引きずっているよね」という言葉が返ってきたことがあり、出会う人によって感覚の違いを実感しました。一方で、被害を強調した戦争作品には違和感がありました。「ヒロシマの孫たち」にはそれが感じられませんでしたし、演劇を作るプロセスもすてきだと思いました。
証言を「ありのまま」に
朗読劇「ヒロシマの孫たち」(2019年)
―作品の魅力はどこにありますか。
俳優としての私は普段なら、ストーリーに没入して役を演じます。ドラマチックに見せる演技が必要なときもあります。でも、この作品はちょっと違います。瀬戸山さんの脚本は、被爆者の証言を言葉通り淡々とつないでいて、悲劇性を際立たせているわけではありません。ありのままだからこそリアリティーが感じられ、お客さんに想像してもらったり、委ねたりする余地が十分あるのが「ヒロシマの孫たち」の魅力だと思います。演者が上手に芝居をしようとするなど、何かを加味して「作り物」になってしまわないように届けたいです。
一緒に考え、感じる時間が大切
朗読劇「ヒロシマの孫たち」(2019年)
―今夏の朗読劇を、どう演出しますか。
演劇としての「ヒロシマの孫たち」は視覚的な表現を工夫していて、ユニークな作品に仕上がっていました。初めて共同演出した19年からは朗読劇となり、テキストを読むだけでなく、独特の表現スタイルも部分的に取り入れました。その経験を踏まえながら、今回も中学生を含む演者約10人やスタッフと多くのシーンについて感じたり、考えたりしながら作っていけたらと思っています。「ヒロシマの孫たち」は、関わった人たちが一緒に考えて作る過程を大切にしていて、その時間が作品と私たちの結び付きを強くしています。朗読劇ならではの表現方法も取り入れつつ、話していただいた被爆証言の言葉を大切に扱う作品でありたいです。
―喜多村さんにとっての「ヒロシマの孫たち」は。
俳優として、この作品に参加した子どもたちの無邪気で素直な反応にはいつも教えられました。「千尋のせりふが伝わらなかったら帰っていいよ」と演出家に言われた子どもが、本当に帰ってしまって心が折れそうになったことも。また、本番では稽古場の何倍もの素晴らしいパフォーマンスを披露する子どももいて、無限の可能性に刺激を受けました。
多くの人たちを巻き込みながら、この作品を受け継いでいくことに価値があると思っています。今年のメンバーには残念ながら小学生がいませんが、たくさんの子どもたちに参加してもらいたいです。初演から関わっている方たちは、海外も含め広島以外の地域の人たちにも伝えるための方法を模索しています。新たな展開が必要かもしれません。
私はこの作品に携わる仲間との空気感が好きです。他の演劇作品でいう「座組」とは違って、「ヒロシマの孫たち」は「ファミリー」なんです。一緒に学び合い、何でも話せて、久々に会うと「ただいま」と思わず言ってしまう関係は、私にはとても大切です。
プロフィル
きたむら・ちひろ 1993年福山市生まれ。2013年桐朋学園芸術短大演劇専攻を卒業した後、14年に佐藤B作が主宰する「劇団東京ヴォードヴィルショー」に入団。最近の出演作は「ふるあめりかに袖はぬらさじ」(19年)、温泉ドラゴン「SCRAP」(20年)、東京No.親子「夜鷹(よたか)と夜警」(20年)など。古里の福山市では2017年、中高校時代の演劇仲間や恩師らと「劇団ブルーベル」を旗揚げ。9月5日に同市新市公民館ホールで上演される「月の街から」に出演。
作品情報
初演の「ヒロシマの孫たち」(2015年)
朗読劇「ヒロシマの孫たち」
主催 NPO法人子どもコミュニティネットひろしま
上演日時 8月5日(木)18時30分 6日(金)11時、15時
チケット 500円(3歳から未就学児は無料)
会場 JMSアステールプラザ1階市民ギャラリー
脚本 瀬戸山美咲
演出 喜多村千尋
美術 ウエダサユリ
音響/照明 池田典弘
制作 小笠原由季恵・田城美怜
協力 木谷幸江
チケットの問い合わせ 082-231-8015(NPO法人子どもコミュニティネットひろしま)、
082-244-8000(JMSアステールプラザ情報交流ラウンジ)