インタビュー 「老いと演劇」OiBokkeShi(オイ・ボッケ・シ)主宰 劇作家・演出家・俳優・介護福祉士 菅原直樹さん | アシタノ メインコンテンツにスキップする

インタビュー 「老いと演劇」OiBokkeShi(オイ・ボッケ・シ)主宰 劇作家・演出家・俳優・介護福祉士 菅原直樹さん

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「老いること」を深く見つめ、高齢者と共に芝居を作っている「老いと演劇」OiBokkeShi(オイ・ボッケ・シ)の活動が、全国的な注目を集めています。主宰するのは、岡山県奈義町在住の劇作家・演出家・俳優・介護福祉士の菅原直樹さん。9月には英国で、認知症をテーマにした作品を現地の演劇人と上演する予定で、「老いの豊かな世界」を発信する取り組みは海を超えようとしています。劇団の活動や、老いと演劇を結び付ける意味、95歳の看板俳優・岡田忠雄さんについて聞きました。

「老いの豊かさ」演劇で発信

「BPSD:ぼくのパパはサムライだから」のワンシーン

 

―OiBokkeShiとはどのような劇団ですか。

劇団名の由来は、「老いとボケと死」です。当時住んでいた岡山県和気町で2014年、設立しました。地域の10人ほどが役者やスタッフを務め、看板俳優は10年以上も認知症の妻を介護している95歳の岡田さんです。最初は岡田さんの話をひたすら聞き、妻が外に出て迷子になるというエピソードを基に、脚本を執筆。旗揚げ公演として15年、徘徊(はいかい)演劇「よみちにひはくれない」を和気町の商店街を舞台に上演しました。徘徊演劇は、岡田さんら役者が観客を引き連れながら商店街で演じる、街歩きスタイルの作品です。

 

その後も岡田さんを主役に作品を作り続け、岡田さんの日常をドキュメンタリー的に描いた作品「ポータブルトイレットシアター」は、東京や高知、神奈川など岡山県外でも繰り返し上演しています。まさか90代の役者と旅公演をするなんて思ってもみませんでした。作品の制作と並行して、認知症ケアに演劇的手法を取り入れるワークショップなども全国各地で開いています。

 

―設立のきっかけは。

僕は平田オリザさんが主宰する「青年団」で俳優活動を続け、20代の終わりに千葉県の介護施設でも働き始めました。そこで、お年寄りや介護と演劇は「相性がいいなあ」と思い始めたんです。東日本大震災をきっかけに12年、関東から離れて縁もゆかりもない和気町に家族と移住し、地元の人たちと演劇活動をやろうとワークショップを開きました。参加してくれた当時88歳の岡田さんに「一緒にやりませんか」とお誘いしたのが、OiBokkeShi旗揚げのきっかけです。

看板俳優は95歳

菅原さん㊧と岡田さん。強い絆で結ばれている。

 

―岡田さんの舞台での「千両役者」ぶりには驚きました。観客を沸かせますね。

岡田さんは芸事が大好きで定年退職後は映画俳優を目指し、今村昌平監督の作品にエキストラ出演した経験もある人でした。出会いのきっかけとなったワークショップもオーディションだと勘違いしていて、僕を「カントク」と呼ぶのでこれは面白い人だと。最初はチョイ役をと思っていたら、「もっとやりたい」と意欲満々で、今では主役として1時間半出ずっぱりの舞台もこなしています。普段は要介護認定を受けて長い距離を歩くのも難しいのに、舞台の上ではつえもほとんど必要ないほどで、背筋も伸びています。そんな岡田さんを見ているお客さんも、元気になります。

 

岡田さんはせりふを覚えないので、繰り返し話すエピソードを脚本に生かして段取りを伝えながら稽古するという手法で、作品を作っています。演劇の仲間と築いた信頼関係の中で、岡田さんは高齢でもできることを増やしています。岡田さんと接していると、青春とは若さに関係なく心の持ちようだとつくづく思います。

 

―老いと演劇はなぜ、相性がいいと感じますか。

高齢者ほど魅力的でいい俳優はいません。人生のストーリーやエピソードが個性を輝かせています。もう一つ言えるのは、「介護者は俳優になったほうがいい」ということです。認知症の人が見ている世界は私たちにとって異質かもしれません。しかし、それを正そうとしたり、否定したりすると認知症の人は傷つき、さらに症状を悪化させてしまいます。受け入れて感情に寄り添うアプローチこそ、認知症には大切です。そのために、介護者には「演じる」意識が必要です。岡田さんも認知症の奥さんと衝突してしまう時、カチンコを鳴らして今ある感情を脇に置き、演じる意識で接するとうまくいくといいます。

9月に英国で「徘徊演劇」上演

 

ワークショップで参加者に指導する菅原さん(中央)。JMSアステールプラザ

 

―活動をどう広げていきますか。

英国中部の都市コベントリーで9月半ば、徘徊演劇「よみちにひはくれない」をコベントリー・バージョンとして上演します。高齢者演劇にも取り組んでいるロンドンの演劇集団「エンテレキー・アーツ」と一緒に、作品を制作しています。岡田さんは渡英できませんが、地元のお年寄りや介護の関係者らを巻き込んでのパフォーマンスは、とても楽しみです。

 

OiBokkeShiの活動を通じて、演劇の力を実感しています。最近、ワークショップに若年性認知症の60代女性が夫とともに参加してくださるようになりました。彼女は役を演じると心が解放されるのか、生き生きと輝きます。その姿を見る僕たちも力をもらい、楽しくなります。当事者の方たちにも、作品に出演する機会をつくりたいです。高齢になると人はできなくなることが増えていくと考えがちですが、演劇によって高齢や認知症の方たちは「今、この瞬間」を存分に楽しんでいます。その瞬間の景色が持つ豊かさに、多くの人に気付いていただけたらと思っています。

プロフィル

撮影・草加和輝

 

すがわら・なおき 1983年宇都宮市生まれ。桜美林大卒。平田オリザ主宰の「青年団」に所属して、俳優活動を続ける。2010年から介護の仕事も始め、12年には千葉県から岡山県和気町に家族で移住。14年に老いと演劇「OiBokkeShi」設立。作品に徘徊演劇「よみちにひはくれない」「BPSD:ぼくのパパはサムライだから」「ポータブルトイレットシアター」など。18年度芸術選奨文部科学大臣賞新人賞(芸術振興部門)を受賞。18年度岡山芸術文化賞準グランプリ受賞。四国学院大(香川県)と美作大短期大学部(津山市)の非常勤講師も務めている。

この記事を書いた人

仁科久美(メディア中国編集部 ライター・編集者)

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