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映画「吟ずる者たち」 監督の油谷誠至さん

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熱かんのようにじんわりと心にしみる映画が、広島県内の映画館で上映中です。酒どころ広島の基礎を築き、「吟醸酒の父」といわれた三浦仙三郎(1847~1908年)と、その精神を受け継ぐ現代の酒造りを描いた「吟ずる者たち」。新型コロナウイルスの感染拡大で、苦境に立つ酒造業界へのエールにもなる作品です。見どころについて、メガホンを取った竹原市出身の映画監督・油谷誠至さんに聞きました。

あらすじ

永峰明日香(比嘉愛未)は東京で夢破れ、故郷の広島に帰る。実家は、吟醸酒造りに情熱を傾けた明治の酒造家・三浦仙三郎(中村俊介)と縁が深い酒蔵だ。明日香は父の亮治(大和田獏)が大切にしていた仙三郎の手記を目にする。仙三郎は苦難に遭いながらも、研究を重ねて軟水による低温醸造法を導き出した人物だった。そんな折、亮治が病で倒れたために酒蔵は存続の危機に。仙三郎が座右の銘としていた「百試千改」の精神に強く引かれていた明日香は、ある決心をする…。

 

 

「三浦仙三郎の映画を」

Ⓒ2021ヴァンブック

 

―「広島の酒」をテーマにした映画の企画はいつ、どこから生まれたのですか。

この映画のプロデューサーを務めた竹本克明さんが8年ほど前、広島の酒造関係者から「広島の三浦仙三郎を映画にしませんか」と言われたのがきっかけです。広島のものづくりの原点ともいえる話だったので、ピンと来たそうです。数年たって企画が形になってきたころ、新潟県の佐渡島を舞台にした映画「飛べ!ダコタ」(2013年)を見た竹本さんから、竹原市出身の私に「監督を」との依頼がありました。

最初の脚本は、軟水での酒造りに苦心した仙三郎が中心の明治時代の話でした。私が脚本作りに加わり、今を生きる人たちにより身近な作品にしたいとの思いから、仙三郎のストーリーと彼の精神を受け継ぐ現代の女性の話とを、交互に描く構成になりました。

継承する「百試千改」の精神を表現

Ⓒ2021ヴァンブック

 

―物語に貫かれているのは、明治から現代に受け継がれたものづくりの精神です。

明治の酒造りは、「酒は神さまが造るもの」という古い考え方を捨て、科学技術を取り入れる方向へと進んでいく過渡期にありました。仙三郎は資金難や慈しんでいた養女の死など度重なる逆境を乗り越え、科学的な知見を柔軟に取り入れて酒造りを追求しました。ひた向きに諦めず、ものづくりに挑む仙三郎の「百試千改」の心は、映画の現場で酒の仕込みなどに協力してくれた杜氏(とうじ)たちに受け継がれていると実感しました。彼らは常に研さんや情報交換に努め、吟醸酒発祥の地で働く杜氏の誇りを持って仕事をしています。そういった姿を、現代のヒロイン明日香や彼女の実家である酒蔵の杜氏たちに体現させています。

東京の試写会では、ものづくりの企業のトップから「ぜひ社員に見せたい」といったうれしい言葉をいただきました。仙三郎の精神は酒造りに限りません。これまでの日本経済を支えてきた技術者や職人たちの中に息づいているスピリッツを、表現できたのではないでしょうか。

明治の酒蔵 苦労して再現

―明治と現代の酒造りを映像として描く苦労は、並大抵ではなかったはずです。

明日香の酒蔵は、仙三郎の酒造りの流れをくむ今田酒造本店(東広島市安芸津町)の酒蔵をお借りしました。今田さんの酒蔵の裏にはかつて、仙三郎の酒造場があったそうです。困難だったのは、ロケ地探しも含めた明治時代の風景づくりでした。仙三郎の酒蔵の外観などは安芸高田市に残っていた、今は使われていない古い酒蔵を修理して使わせてもらいました。内部は林酒造(呉市倉橋町)の酒蔵で、使われていない部分を明治風に改造させてもらって撮影しました。

酒造りを始めたころの仙三郎は、仕込み中に雑菌が入って酒が腐る「腐造」を何度も経験し、清潔でなければならないと酒蔵を新築します。酒蔵を再現するといっても、新築前の床は土、新築後はれんがという具合に2パターンをつくらなければならず、美術スタッフには相当な負担をかけました。また、明治の酒蔵にあったはずの木桶(きおけ)など昔ながらの道具も県内の酒蔵に残っていた物を集めました。広島の酒造関係者の協力があったからこそ、完成した作品です。

ロケ地探しでは、私の地の利も存分に生かしました。竹原で育っているので、どの辺りにどんな風景があるか、映像にしたらどんな風に映るのかを熟知しています。頭の中にある記憶をたぐりながら、絵になる美しいロケ地を選びました。

 

地域の誇り描いた作品

Ⓒ2021ヴァンブック

 

―地方映画としての魅力は。

公開の時は盛り上がっても、その後は話題にもならず消えていく地方映画は少なくありません。撮影した土地にまつわるオリジナリティーがなく、どこで撮ってもいいような内容であれば、地方で映画を作る意味はありません。また、協力してくださった地元の人たちの気持ちに寄り添う映画でなければ、次の作品はあり得ません。

この映画には、エキストラなど大勢の地元の人たちに関わっていただきました。キャストやスタッフも含めて総勢100人以上と作り上げた作品です。さらに、その土地に根差した精神や、地域の誇りとなっている文化を描いているという点で、地域の人たちに「私たちが参加した、私たちの映画」と認めていただけるのではと思っています。

 

プロフィル

 

あぶらたに・せいじ 1954年竹原市生まれ。76年東放学園専門学校の放送芸術科を卒業後、フリーの助監督として五社英雄、松尾昭典、実相寺昭雄らの下で活動。88年から制作プロダクションの総合ビジョンで深町幸男に師事。89年に山田太一脚本の連続ドラマ「夢に見た日々」で監督デビュー。その後もテレビドラマを主戦場とし、火曜サスペンス劇場や土曜ワイド劇場などの2時間ドラマを数多く手掛ける。映画では「飛べ!ダコタ」(2013年)

映画情報

Ⓒ2021ヴァンブック

 

「吟ずる者たち」

出演/比嘉愛未、戸田菜穂、渋谷天外、ひろみどり、大森ヒロシ、山口良一、今井れん、中尾暢樹、

中村久美、奥村知史、川上麻衣子、丘みつ子、大和田獏、中村俊介

監督:油谷誠至

脚本:仁瀬由深、安井国穂、油谷誠至

プロデューサー:竹本克明、古川康雄

企画:「吟ずる者たち」製作事務局 ひろしまフィルム工房

製作・配給:ヴァンブック

上映館:八丁座/T・ジョイ東広島/呉ポポロシアター/福山駅前シネマモード

この記事を書いた人

仁科久美(メディア中国編集部 ライター・編集者)

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