岸田国士戯曲賞を受賞した劇作家・演出家 福名理穂さん | アシタノ メインコンテンツにスキップする

岸田国士戯曲賞を受賞した劇作家・演出家 福名理穂さん

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広島の田舎で流されるままに生きる家族の姿を、広島弁でリアルに描いた戯曲「柔らかく搖(ゆ)れる」が、第66回岸田国士戯曲賞に決まりました。作者は広島市出身の劇作家・演出家福名理穂さん。4月25日に東京都内であった授賞式に出席し、喜びをかみしめました。自身が主宰する団体「ぱぷりか」を東京で旗揚げして7年、5回目の公演(2021年11月、こまばアゴラ劇場)でつかんだスピード受賞。作品に込めた思いや今後の活動について、福名さんに聞きました。

共依存の家族描く

 

―審査員を務めた岩松了さん(劇作家・演出家・俳優)の講評は、「地方都市のある一族の怠惰な生とあっけない死を簡素なセリフで描いて見事」でした。作品の着想は。

多様な依存が折り重なっている家族の姿を、描いてみたいとずっと考えていました。中高生の頃から身近な大人たちのやりとりを見聞きしていて、解決させないまま問題を抱え続け、もたれ合いながら暮らす家族が世間的にはよくあることに気づいていたんです。

 

作品の中の「小川家」では、長男が酒に、次女がパチンコに依存しています。また、母は長男を頼り、次女は長女から借金を重ね、自立して暮らす長女も嫌悪している母との関係を断ち切れません。事情があって小川家に居候している親戚のシングルマザーと高校生の娘も、なかなか別居に踏み切れない―という具合です。そして、あえて「何も起きない」物語にしています。問題はあり続けるけれど、次に進むための衝突や摩擦を避けて「家族」という形を崩さない家族にしたかったんです。

 

 

―作品の舞台は、広島のどの辺りをイメージしたのですか。

小川家があるのは、広島市内の奥の方。ただし、家のイメージは安芸高田市にある母方の実家なんです。仏壇のある和室の居間があり、近所の人たちが縁側から家に上がり込むような、そんな田舎の平屋です。出演者には、そういった都心部ではない広島の地域性や家の特徴などを説明して理解してもらい、私の方言指導で広島弁も習得してもらいました。

死後も家族を支配する父

 

―閉鎖的で、人が減って活気を失っていく地方の状況も透けて見えるようです。

登場人物の長男は離婚後、職も失って飲酒ばかりで新しいことを始める馬力もない。家事を担っている次女も実家にパラサイトして、惰性に流されていく一方です。きっと都会に住んでいたら仕事もあったでしょうし、状況は違っていたかもしれませんね。作品の中では、川を印象的に登場させています。シーンを転換させる間に人がおぼれていくような「ゴポゴポ」という水の音を響かせて不穏さを演出しました。

 

 

―登場はしないものの、会話から川で溺れ死んだと分かる父親の存在が、家父長制度の象徴のようで気になります。サスペンスの要素もありますね。

そうなんです。父親がなぜ浅い川で亡くなったのかをはっきりと示しているわけではありません。ただ、誰かが事故に見せかけて殺したのではないか、事故だったとしても故意に助けなかったのではないか―といった疑惑を、登場人物のせりふを通して観客の気持ちの中に残るように描いています。さらに、支配的で煙たがられていた父が死んでしまうと、皮肉にもタガが外れたように家族の依存症状がひどくなってしまうんです。家父長制度の怖いところです。

夫のサポートで執筆

 

―夫で映画監督の矢野瑛彦(あきひこ)さんが、執筆を支えてくれたそうですね。

夫は、私の書く物には間の取り方などに不穏さがあり、それが持ち味だと指摘してくれて、サスペンス調の作品を書くことを勧めてくれました。「何も起きない」物語が脚本としていいのか迷ったときにも、「好きなように書きなよ」と背中を押してくれました。その他にもたくさんのアイデアを提供してくれて、とても感謝しています。

 

―演劇との出合いは。

安佐南中(広島市安佐南区)のとき、演劇とは何かよく分からないまま同級生と「演劇部をつくりたい」とアンケートに書いてクラブを立ち上げました。顧問になってくれた先生に指導経験があり、発声など基礎から教えてもらって楽しさを知りました。自分は演出が好きだなと感じていて、漠然と「将来は俳優さんと関わる仕事がしたい」と思ったんです。可部高(安佐北区)を卒業後、劇作家・演出家のノゾエ征爾さんが手掛けた演劇引力廣島プロデュース公演の演出部に参加して刺激を受け、20歳で上京しました。劇団を旗揚げしたころのメモに「うそがない演劇をしたい」と。自分の気持ちが本当に動く芝居を作りたいと感じて書いたのでしょうけど、それは今でも思っていることです。このたびの受賞を中学の顧問の先生に報告すると驚いて、「広島の誇りです」と喜んでくれました。

次回作は「自分に向けて」

写真・JMSアステールプラザ提供

 

―受賞後の予定は。

6、7月には、JMSアステールプラザ(中区)が主催する演劇学校俳優コースの講師を務めます。受講生と一緒に作品を作るのが楽しみです。また、11月にこまばアゴラ劇場(東京)で上演する公演「どっか行け!クソたいぎい我が人生」の準備をしています。「柔らかく搖れる」の中では唯一、依存し合う関係性の中から抜け出そうとしているのが小川家に居候している高校生の「ヒカル」です。ヒカルのように未来に向かって突き進みたいのに、義理やしがらみが足かせとなり、思うようにできない女の子の物語を書きたいなと考えています。夫からのアドバイスは「けんかを売るような題名を」。昔の自分を蹴散らすようなつもりでタイトルを決めました。自分に向けて書こうとしているのかも。再び、広島弁の物語にするつもりです。

プロフィル

 

ふくな・りほ 1991年生まれ、広島市出身。安佐南中では演劇部に所属。可部高を卒業後、演劇引力廣島のプロデュース公演「ガラパコスパコス~HIROSHIMA ver.~」(2012年)にスタッフとして参加。その後、上京して「はえぎわ」「ろりえ」「小松台東」などの劇団でスタッフとしての経験を積んだほか、ENBUゼミナールやこまばアゴラ演劇学校「無隣館」で演劇を学ぶ。14年に自身の団体「ぱぷりか」を旗揚げ。作品に「きっぽ」(18年)、「そして今日も、朝日(無隣館若手自主企画)」(19年)など。19年から平田オリザ主宰の「青年団」演出部に所属。

この記事を書いた人

仁科久美(メディア中国編集部 ライター・編集者)

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