神隠しで得た通力/小山田浩子の本棚掘り
広島市在住の芥川賞作家・小山田浩子さんが、テーマに沿ったお薦めの一冊を月替わりで紹介します。
【今月のテーマ】うちひしがれたときに読む一冊
『仙童たち 天狗さらいとその予後について』
栗林佐知著
神隠しで得た通力
本稿を書いている2020年3月現在、SNSには感染症への不安や政府対応への怒りと同時に、疫病に霊験ありとされる妖怪「アマビエ」の絵が多数上げられている。
4人の中学生が遠足の山登りで神隠しにあう。同級生の悪意で、単に不注意で、急な便意で、それぞれ集団からはぐれた彼らは何者かに襟首を捕まれ空を飛び大岩の上に集められ天狗(てんぐ)の素質があると告げられる。世になじめず憤っていることが天狗になる条件らしい……勉強についていけない子、優等生、いじめ被害者、いじめ加害者に迎合せざるを得ないお調子者、一見接点がなさそうな4人は実はみな、家庭や学校や社会が自分たちを守ってくれていないことに困り怒り悲しんでいた。夜を明かし翌朝下山した彼らの一人はその出来事を幻覚だと思いこもうとし、本気で天狗修行に励む者もおり、また一人はなぜか自分が幼い頃失踪し顔も知らないはずの父親のことを思い出す。
彼らの天狗以前/以後のエピソードと交互に、非正規雇用学芸員による地域史研究発表が挟まれる。テーマはタマヨケ(弾除け)坊と呼ばれその地域で戦後まで信仰されていた天狗について。天狗は人をさらったり殺したりするような残虐な面と、困っている人に薬や護符を与え守ってくれる面とを持っていたらしい。
中学生たちが天狗の神通力で天誅(てんちゅう)ビームを出せるようになり悪を成敗したら痛快だろう。しかし本書は、そもそも善か悪か正気か狂気かわからない天狗の力によってあるいはそれなしで、傷ついた彼らが世界と対峙(たいじ)していく、そのきっかけを丁寧に描く。筆者は弱者を不運な、努力の足りない他者として切り離して描かない。私たちは彼らであり彼らは私たちで、そのことにいま何より勇気づけられるはず。4人の強さと決意に胸が熱くなる。10代で読んでもきっと面白い。
『仙童たち 天狗さらいとその予後について』
栗林佐知著
広島市在住の芥川賞作家・小山田浩子さん