仲間の脚本家・映画監督と共著で「映画評論家への逆襲」を出版した 井上淳一さん | アシタノ メインコンテンツにスキップする

仲間の脚本家・映画監督と共著で「映画評論家への逆襲」を出版した 井上淳一さん

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新型コロナウイルス禍で苦境に立たされているミニシアターを応援したいと、脚本家・映画監督の荒井晴彦さん、森達也さん、白石和彌さん、井上淳一さんの4人がユニットを結成して全国の映画館で繰り広げたオンライン座談会が6月、「映画評論家への逆襲」(小学館新書)という一冊にまとめられました。その内容は、忖度(そんたく)や自主規制なしの映画愛にあふれたガチンコトーク。海外の映画祭で受賞したり、世間では好評だったりした作品も容赦なく批評しています。著者の一人、井上さんに本書の読みどころや日本映画、ミニシアターへの思いを聞きました。

ミニシアターへの支援がきっかけ

 

 ―本を出すきっかけは。

コロナ禍が広がった昨春から、全国のミニシアターが苦しいという声が聞こえ始め、映画仲間と共に、「SAVE the CINEMA」というプロジェクトを立ち上げ、公的な支援を求めて省庁要請などの活動を始めました。同じ時期に、映画監督の深田晃司さんと濱口竜介さんが発起人となった「ミニシアター・エイド基金」もスタートし、クラウドファンディングで3億円以上を集めるなど反響がありました。しかし、緊急事態宣言が明けても劇場への客足は元のようには戻りません。

 

もっと小回りの利く方法で劇場にお客さんを呼ぼうと、「火口のふたり」(2019年)の荒井さんや「i-新聞記者ドキュメント-」(19年)の森さん、「孤狼の血LEVEL2」(公開中)の白石さんに声を掛けて、ミニシアター押しかけトーク隊「勝手にしゃべりやがれ!」というユニットを結成。もちろんノーギャラで映画館の要請に応じ、オンラインでトークを繰り広げるイベントを昨年6月から始めました。トークは動画投稿サイト「ユーチューブ」でも配信。その取り組みが話題となり、出版社からの誘いで新書化が実現しました。本書では、高田世界館(新潟県上越市)などで開いたトーク計7回分を収めています。

日本映画の課題を厳しく指摘

オンライントークの一場面。上段左から井上さん、荒井さん、下段左から白石さん、森さん

 

―本書を読むと、映画の最前線にいる4人の日本映画に対する危機意識が伝わってきます。例えば、時代考証の甘さについても厳しく指摘していますね。

特に荒井さんは作品の史実や衣装、小道具をはじめとする風俗について、調べ尽くしてシナリオを書き上げるので、時代考証については厳格です。私も含めた他の3人の間でも温度差はあります。もちろん予算も配慮しなければいけませんが、時代考証を巡る現場での「せめぎ合い」が後退していると感じています。細かい史実が少々違っても、観客にはどうせ分からないだろうという感覚が業界にはびこってしまうと、将来的には大きな歴史修正につながっていくのではないかという不安を覚えます。せめて、脚本の段階でうそをつかないようにしなければと感じています。

 

―これまでの戦争映画に対しても、「被害だけを描いて加害の視点が抜け落ちている」と批判の目を向けています。

日本では驚くほど、被害の側からしか戦争を描いていません。ドイツ映画では戦後60年たってようやく、自国の空襲被害をテーマにした「ドレスデン、運命の日」(06年)が公開されました。ナチスの加害を語らずに、被害だけを語れないという思いがあったのでしょう。荒井さんが脚本を書き、私が監督した「戦争と一人の女」(13年)はアジア侵略や天皇の戦争責任を問う内容でもあったので、外国人記者からは非常に注目されました。米軍捕虜の生体解剖実験を描いた「海と毒薬」(1986年)などはあるものの、関東大震災での朝鮮人虐殺事件(23年)や南京事件(37年)、731部隊など組織的な加害を正面から取り上げた作品はありません。お金が集まらないというのもあるでしょうけど、「無自覚に表現の自由を放棄しているのでは」と映画界の現状を深刻に受け止めています。

 

確かな批評が映画界のレベルを上げる

ミニシアターでのトークイベント

 

―さらに、確かな批評眼を持って作品を論じる映画批評がないことが日本映画のレベルを後退させている要因の一つだと嘆いています。

「褒め」と「紹介」にとどまっている今の映画批評が、映画界にとっていいはずはありません。マスコミの鋭い批判や監視の目が甘いと政権のタガが外れてしまうのと同じです。昔は、ある程度の文字量で「痛いところを突かれた」と作り手に思わせるような記事が映画誌などに掲載されていましたが、雑誌も売れなくて消えていきました。代わりに、会員制交流サイト(SNS)での一般の人たちの感想や映画情報サイトの星の数が作品の評価に影響を与えています。漫画を基にした作品で、キャスティングや内容がどれだけ原作に忠実かといった話題ばかり語られるようでは、日本映画はますます世界基準から離れていってしまいます。

ただ、ウェブ上できちんとした映画批評を展開している個人が全くいないわけではありません。志のある編集者がそういう人を見つけてすくい上げてほしいと思います。私たちにも、いい観客を育てていく何らかの努力が欠かせません。

 

―ミニシアターの苦境は続いています。

シネコンも含めた2020年の映画興行収入は前年比で半減したといわれているので、ミニシアターはさらに厳しいはずです。署名活動や働き掛けによって政府の支援策も少しずつ整ってきたとはいえ、活用しづらく役に立っているとは思えません。恒常的な公的支援が不可欠です。全国に約120館あるミニシアターはスクリーンの数でいうと全映画館のわずか6%。しかし、公開される映画本数のおよそ70%はミニシアターでしか公開されません。近年の公開作品の中には、難民申請を続ける在日クルド人の若者たちに焦点を当てた「東京クルド」(21年)や、雨傘運動(14年)に参加して仕事も地位も失ってしまう香港のスターを追った「デニス・ホー ビカミング・ザ・ソング」(20年)など鋭く社会に切り込んだ秀作も多く含まれています。そのような作品を見る場が失われてしまえば、多様な文化や考えに触れるチャンスもなくなってしまいます。自分の映画を上映する場もなくなってしまう。映画の作り手である私たちも、できる限りの支援を続けていこうと思っています。

「映画評論家への逆襲」

 

荒井晴彦、森達也、白石和彌、井上淳一著『映画評論家への逆襲』(小学館新書)

 

映画界に話題作を提供している4人の脚本家・映画監督が、「仁義なき戦い」や韓国映画、アメリカン・ニューシネマ、クリント・イーストウッドや高倉健という俳優の「顔」に刻まれた来歴、そして日本映画に対する危機感など多彩なテーマで語り尽くす。

プロフィル

 

いのうえ・じゅんいち 1965年愛知県犬山市出身。早稲田大在学中から故・若松孝二監督に師事。監督作品に「戦争と一人の女」(2013年)、「大地を受け継ぐ」(15年)、「誰がために憲法はある」(19年)など。脚本作品に「アジアの純真」(11年)、「あいときぼうのまち」(14年)、「止められるか、俺たちを」(18年)などがある。

この記事を書いた人

仁科久美(メディア中国編集部 ライター・編集者)

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